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創業・テンポアップの歴史

激動の2020年も幕を閉じ、振り返ると、12年前に起業した年も、今年と同じ子年でした。干支で言えば、ちょうど一回りし、今年は、新たなスタートラインに立つ年であろうと思います。
この間、新しいエージェントが多数誕生し、専業・兼業・在宅と働き方も多岐に渡りへ変化しております。
急速に変化する時代に対応し、この機会に改めてテンポアップの原点を確認し、理念・歴史について書き綴りたいと思います。


―私のエージェントへの挑戦―


会社立ち上げ前の2年、私は某企業の不動産部門に「エージェント・システム」を提案し、第1号のエージェントになりました。
当時は、戸建ての売買・賃貸を中心に商売を行っている不動産屋が大半で店舗に特化して営業しているところは、ほとんどありませんでした。
繁華街や商店街、オフィスがひしめく街で、店舗仲介を専門とする仲介事業は、必ず成功する、と確信しました。
私は、宅建士の資格もなく、不動産取引の経験も皆無、専門用語もわからない中で、店舗仲介事業に携わることとなりました。
成約する度に一つ一つ不動産用語を学んでいきました。
そんな私を見て、多くの方々が「加藤さん! 失敗するよ」と心配してくれたことを記憶しています。

取引に欠くことのできない在庫商品ともいうべき「元付(家主)」を獲得するために「チラシ」を手作りしました。
「店舗貸したい人、店舗借りたい人、店舗売りたい人、店舗買いたい人、連絡ください」といった簡単な文言で、電話番号・名前入りのチラシを作りました。
2年間で、40万枚くらいは撒いたと思います。会社に電話が入ると、携帯電話のない時代でしたから、当時の主流であったポケットベルで呼び出してもらい、お客様と商談する、といった具合でした。

そんな日常の中で、一番苦労したのが、契約書の作成でした。
当時は、店舗仲介の書類が整っていなかったこともあり、一般的に使用されていた戸建て家屋の帳票類を活用していました。
例えば造作譲渡と言う書面ではなく「権利譲渡契約」と言うものを使用していたものを「造作備品譲渡契約」に書き換えたと記憶しています。
一事が万事で、未開の荒野を開拓する気概で取り組んでいきました。

また、チラシ撒きの最中、警察官に不審者扱いされ、事情を話すと、「気を付けて撒いてください」と励まされたことも、横浜から山梨に程近い津久井湖までチラシ撒きに行ったことも、今では懐かしい思い出になっています。

私が、手作りのチラシを撒いて情報収集した当時と違い、今では、テンポアップには、PC、チラシ、システム等、営業環境が整っています。
また、テンポアップという知名度も世の中に浸透してきました。
私が、エージェントの皆さんに語りかけたいことは、現在の環境に甘えず、開拓精神を持ち、意欲を持ち大いに稼いでほしい、否、稼げるはず、と言うことなのです。

今回のコロナウイルス感染症拡大に伴い4月に発出された緊急事態宣言により、経済的な大打撃を受けた商店街や繁華街の店舗が目の前にあります。
コロナ感染をきっかけとし断腸の思いで撤退され、空室となった店舗を放置はできないのです。
誰かが、テナントを入れ街の明かりを再点灯させなければならない役割があるのです。
そう考えると、店舗仲介は、時代の変化とともに並走しながら社会貢献できる大変にやり甲斐のある仕事と思います。

私は、1993年、店舗仲介を専門に行う日本ソフト店舗と言う会社を立ち上げました。この会社で「エージェント制度」を導入し、15年間経営してきました。
日本ソフトテ店舗は、私が、体調を崩し、第一線を退きました。
その後、体調が回復した半年後、私が66歳の2008年10月に株式会社テンポアップを創業しました。
テンポアップでは、スタートから私のエージェント時代に構築したノウハウをモデルに事業の基盤を築き、今日に至っております。
66歳からのチャレンジは、年齢に関係なく、体の自由が続く限り働き続けることが可能というメッセージを多くのエージェントの皆さんに届けられれば、望外の喜びとするところであります。


人生100年時代で何が変わる?


人生100年時代は本当に来る?


昨今、しきりに人生100年時代という言葉を耳にします。確かに100歳を超える方が現在7万人を超えていますが、日本人の平均寿命は男性81歳、女性88歳ですから、いきなり人生100年と言われてもピンとこないかもしれません。しかし、医療の発達などを考えあわせると、今現在30〜40歳ぐらいの方の平均寿命は本当に100歳に届く可能性があるのです。さらに、健康寿命を伸ばそうという掛け声が高くなっています。これは超高齢化社会にあって、社会全体の維持のために必要だからでもあります。

今の社会保障制度は人生50年の頃の制度がベース


終戦後まもなくの昭和22年の平均寿命は50歳をやや超えた程度であり、現在の年金や定年の考え方、社会保障の仕組みはこのころのものがベースとなって徐々にバージョンアップされてきたと考えられます。なので現時点でもサラリーマンの定年は65歳、規定の退職金を受け取って年金生活ということになります。それが人生100年時代に向かっているというのですから、それなりの企業に長く勤めて、十分な退職金をもらった方であっても、その後の30年以上を貯金と国民年金や厚生年金だけでやっていくのは大変です。

働き方改革から稼ぎ方改革へ


2019年に働き方改革が法制化されましたが、もはや、時代は一人一人が稼ぎ方を変えていかなければならない、70歳でも、80歳でも90歳でも働くという選択肢を持っていないとやっていけないと考えるべきでしょう。
そのためには健康も大切ですが、何よりも働くスタイルを変えていくことが大切です。法律に守られた受動的な働き方だけにたよらず、自分の力で稼ぎを生み出す能動的な稼ぎ方をスキルとして持つべきなのです。

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単純に作る、売るという発想から離れる


2020年に起きたコロナ禍の影響もあり、製造業も物販も一部を除き稼げるビジネスは減っています。加えてICT、AI時代が進めば、人間の活躍の場は減っていきます。マーケットも激変します。おそらく10年後の自動車業界は今とは全く違ったものに変わっているでしょうし、店舗は無人販売が増えていることでしょう。
そうした時に僕がこれまで扱ってきた商業不動産というものがどうなっていくかを考えました。コロナ禍の渦中にある現在は空き店舗が増え、オーナー様もテナント希望者様も難しい決断を迫られる状況です。これを逆の発想で見ると、僕たちにはこれから溢れるほどの商材を得ることができるということにもなるのです。そして、行うのは、単なるものづくりでも、販売でもありません。不動産仲介は、まさに目には見えない質の良い情報と信頼を提供するビジネスであり、これは年齢に関係なく20代でも80代でもそれぞれのやり方でできる仕事です。

ビジネス自体を創って稼ぐ


僕たちの会社では、今、さまざまなアイデアを実現させ、今までにない不動産活用を考え、新しいビジネスモデルを作っています。単なるオーナー様とテナント様を結びつけるだけでなく、双方の皆様に、ビジネスのノウハウ自体を提供することを始めています。まさに仕事を創って、増殖させ、それで稼ぐというスタイルに移行しつつあります。こうした思考が年齢も性別も超越した稼ぎ方改革の基本であり、好奇心の強いものがち、そして早い者勝ちの世界であると考えます。



Roots

どんな企業であれ、創業者が会社を興すにあたっては不安、希望、葛藤、そして我はこうありたいという強い想いがあり、その思いが徐々に形になっていくのが企業の成長の形です。世界に冠たるグローバル企業も、街の中小企業も、その点においてはなんら変わるものではないのです。

そして創業者は、代表権を持つ限りすべての責任を一人で背負うことが宿命付けられ、決して逃れることのできない崖っぷちで戦わなくてはなりません。親会社を持つ企業ならいざしらず、独立型の企業には、はじめから退路など絶たれているのです。

現在活躍している多くの企業は、バブル崩壊を乗り越え、リーマンショック、そして東日本大震災を耐えており、そのたびに、薄氷を踏むような経営判断をしてきたはずです。もうしばらくそんなことはないだろう、中国の経済的台頭、グローバル経済の発展により、世界に紛争は耐えずとも、ビジネスの世界は今後ますます発展していくだろう、そう思っていた矢先に、誰もが予想していなかった全世界を巻き込む新型コロナウィルスによるパンデミックが起き、それによる経済活動の急停止という未曾有の事態に陥りました。

しかし、これはある意味、大チャンスなのです。今までの経営のあり方を考え直し、なかなか手がつけられなかった新しいビジネスモデルの構築を実行することができます。そしてもう一つ、多くのプロアスリートや経営者の方々、そして一人の生活者に至るまで、今までの自分の歩みを振り返り、我が身のルーツを考え、そこから学び直すことがないかと深く考える「たっぷりの時間」を得たということです。こんなことはめったに無いのではないでしょうか。

今回のブログは、僕が、これまでどうやってきたのか、創業時の想いと行動を思い返し、大切なことを忘れてはいまいかと考え、振り返りながら未来の新しい道筋に役立て、これからの人材にお伝えできることはないかと思い、綴ったものです。

【ないないづくしの起業】
店舗仲介ビジネスは戦後の一時期には活況を呈していたこともあるのですが、その後は停滞し、特に小さなお店の仲介などは不動産業の中でも隙間産業のようになっていました。これは高度成長に伴う住宅需要の大きな伸びに対し、権利関係の複雑さや什器・内装の扱いや知識の必要性、与信調査の面倒さ、そのお店にかかる法律的な知識など、店舗仲介は市場規模の割にとても面倒なものと捉えられていたのだと思います。

しかし、私は、ずっとお店は街の文化であり、人も街も生活も、お店あってのものという考えをもっていたので、それまで行っていた事業を整理して、一大決心をして1993年(平成5年)より店舗仲介を行う会社を立ち上げました。

この頃の私には、「店舗に特化した不動産仲介をやる」、という目標以外本当に何もなく、金もない、不動産知識すらろくにない、仲間もいない、事務所も間借りで机が一つだけ、という有様でした。ただひとつ、信念だけがありました。それは、店舗の閉店・開店という瞬間瞬間には、かならず、間に入る人が必要であり、それを自分がまずは担い、面倒なことを全部やって差し上げれば、絶対に大きなビジネスになる、といういうことでした。

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【私がいまでもチラシにこだわる理由】
そうは言っても、たった一人でどうやって仕事を見つければいいのか?そもそも自分のことなど誰も知らないのだから、このまま行けばあっという間にジリ貧です。そこで私は、閉店・開店の情報をなんとか見つけ出そうと目を引くキャッチコピーを考え、見様見真似のガリ版刷りでチラシをたくさん作り、朝から夜中までこれを撒いて歩き、寝る時間も惜しく、夜中から明け方までずっと撒いて歩きました。それを見た妻からは、そんなことを続けていたら死んじゃうよ、とまで言われるほどでした。しかし、奇跡は起きるもので、いつからか当時の情報手段であったポケベルが毎日のように鳴るようになり、すぐに電話をしてアポイントをとり、とにかくお客様と会いました。会って、自分が駆け出しであること、ろくに事務所もない事、知識もさほどないことなどを正直に、あからさまに打ち明け、そのうえでできることを訴え、なんとか仕事として成立させていく、そんな毎日でした。

物件の説明や、契約書のフォーマットなども、お客様から教わりながら自分で学び、今も活きるフォーマットなども作りました。

そもそも私は、サラリーマンの経験がなく、一時期は13ものグループ会社を率いていたこともあります。しかし、私はバブル期を乗り越えることができず、大損をしてしまい、そこからの再スタートでしたので、自分の思いを綴ったチラシだけが財産であり、たった一つの営業ツールだったのです。

ネット時代の今でも、私はチラシを大変重要なツールとして捉え、スタッフの皆さんにもお渡ししています。これは、私の過去の想いだけではなく、チラシには、人を呼び寄せる不思議な力が宿っていると感じているからです。チラシを考える、作る、印刷をする、配り歩く。これだけの労力がかかっているからこそ、ネット広告にはない、何かがあるのではと思うのです。

【大病を患い再起を図る】
しかし人生にはまだまだ試練があるもので、せっかく軌道にのりはじめたと思った矢先、大病を患ってしまったのです。治療に専念しながら、考えるのは私を認めてくださったお客様のことばかり。これで終わってなるものかという気持ちでどうにか病気を克服することができ、2008年、株式会社テンポアップとして正式に登記し、ふたたび店舗専門の仲介事業を始めました。

これまでの経験から一人の力ではダメと思い、かといって、サラリーマンの考え方では、とてもこの店舗仲介という仕事をやりがいを持ってやっていくことは難しいと考えた私は、業務委託スタッフを集め、共通の指針としてのバイブルを作って読んでいただき、一緒になって道を切り開くという、当時は珍しいスタイルを採用しました。

【批判もあればこその経営】
私達のビジネススタイルは、スタッフ一人ひとりが経営者であるという意識を持ち、規律を守りながらも自由に営業をしていただくというものです。そして会社は仕事に必要な情報や設備、オフィスなどを用意します。そこで得た利益をスタッフと会社で決められた比率で分け合います。世間では、こうした形態は、単なる厳しい営業会社と見てしまうことがあり、批判されることもありました。しかし、そういう方には言いたい。私達の支社のどこでもいいので一度見に行っていただきたいと。そこには、ハードで息苦しい営業会社といった雰囲気などは絶対にないはずです。それぞれのスタッフが、自分の責任で動きながら、足りないところは協力し合う姿を、きっとご覧になることでしょう。

今でこそ、働き方改革の号令のもと、業務委託や在宅スタッフ、副業といった形態が市民権を得つつあります。僕がはじめたやり方が決して間違っていなかったものと信じて今も経営しています。

【全国展開について】
少しずつスタッフが増え、所属するスタッフの皆さんをエージェントと呼ぶ事にしました。お客様にできないことを代わって行うという意味と、会社の代表として接するという意味から、米国のビジネスマンのように少しでも垢抜けた表現で皆さんのことを呼びたかったというのもあります。

そして、店舗に特化した僕たちの事業は徐々に膨大な物件情報を抱えるようになり、横浜だけではなく、全国のお店を対象にしてもやっていけると考えました、お店が栄える国こそが活気のある国だと思っていた僕は、かなりの設備投資をして各地に支社を設け、北は北海道から南は九州まで、全国展開を行い、エージェントの皆さんを募集し、約300名のエージェントさんを配属するに至りました。この頃私が盛んに唱えたスローガンが今も基本理念となっている「店創りは街創り 街創りは人創り 人創りは国創り」です。

現在のコロナ禍で、多くのお店が閉まってしまった現状を見れば、いかにお店のない世界が、活気のない世界となってしまうか、よくおわかりになったのではないでしょうか?つくづく、お店は文化であったんだと思い、当面、これ以上の無理な支社増設はせずに、今関わりのある地域の皆さんとともに、お店という文化を立て直すお手伝いをきめ細かくしていかなくてはならないと肝に命じているところです。

【恩人だらけの人生に、感謝】
私は今でも思い出します。チラシから出会いの始まった大家さん。入居者探しで困っていたときに現れたテナントさん。快く対応してくれた金融機関の方々。まだまだ小さな会社なのに、対等にお付き合いしてくれたビッグカンパニーのお客様。様々な備品を入れてくださる業者さん。そして、ひとりひとりの社員、欠かせない存在のエージェントさん、在宅スタッフとして起用を始め、続々人数が増えてきたアソシエーターさん、エージェントを助けてくれるサポーターさん。僕にとっては、全員が恩人です。

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【そして、次のレベルへ】
昔話には、得るものとそうでないものがあるかもしれません。この長いブログを読んでいただいたお一人お一人とともに、私は自分のルーツを大切にしつつも、全く新しい形態を含むビジネスをどんどん考えています。どうか、コロナ禍などに負けずに、一緒に前を向いて進んでいこうではありませんか!

2020年 秋のひととき 



コロナ後の社会

私ども株式会社テンポアップは、店舗仲介事業を中心に、商品を開発、サービス体系の充実、人材育成事業などを加え、インバウンド需要の拡大などもあいまって、順調に業績を伸ばしてきました。

そして2020年に入り、いわゆるコロナ禍と呼ばれるパンデミックに全世界が見舞われるという誰も経験したことのない事態が発生しました。これは100年前のスペイン風邪を思わせるものであり、多くの国でロックダウンが行われ、医療崩壊や経済的な大打撃を受ける事態となりました。スペイン風邪はおよそ3年間続いており、今回のコロナ禍も、短期間に収束できるかどうか、誰にもわかりません。

歴史を振り返ると、疫病の発生と戦争のふたつは、世界の経済や社会のあり方を大きく変えるきっかけとなっており、今回の事態も、バブル崩壊、リーマンショックなどを超える、歴史的転換期となると考えた方が良いでしょう。

観光業、飲食業、製造業、サービス業などほとんどの産業で受注が激減し、一部の限られた業種だけが業績を上げているのが現在の状況です。仮にこの新型コロナウィルスが弱毒化してただの風邪のひとつとなったとしても、その後の社会に与える影響は計り知れません。

これらを分析すると、コロナ禍というのは、この事態が起きる少し前に叫ばれていた「働き方改革」や、世界的な潮流である「SDGs」(極度の貧困と飢餓の撲滅・持続可能な開発のための2030アジェンダ)といった動きと無関係とは思えなくなってきます。特に我が国においては、通勤時間の多さ、休暇の少なさ、環境負荷の高さなどが問題視されていました。

今回のコロナ禍で多くの方が自宅で仕事をすることになり、それまでの何が何でも定時には会社に行くこと、残業をしてでも会社で仕事をし、必要ならいつでも出張をするなど、これまでのスタンダードがことごとく否定され、結果として、無駄なエネルギーを使わず地球の大気汚染は減り、家族の会話が増え、勤務時間の縛りもなくなったという、皮肉ではありますが、ある意味強制的に働き方改革やSDGsの実現に近づかされたようにも思えます。

このような状況にあって、企業は何をなすべきかということが経営者の間で話題になっています。現実問題として、多くの企業で現在のビジネスモデルのままでは、いずれ立ち行かなくなるとみられています。私どもが深く関わる店舗やオフィスのありかたについても、今までの常識がそのまま通用することはないでしょう。

私どもの経営陣の考え方としては、現在のこの状況は大きなチャンスと捉えており、幾重にも重ねた漏れのない営業システムとともに、他社に先駆けた独自のコンセプトに基づくコワーキング事業や複合テナントによる店舗スペース活用などを、新事業としてすでに本格的にスタートさせています。当社の今後の展開にご期待ください。

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―Innovation―

あらゆる産業が、その形態や運営方式を見直す時がやってきました。
それは、全世界でおこったパンデミックという予測を超えた事態がきっかけでした。

しかし、必ずしもそれだけではなく、これまでの社会の構造や、事業の在り方、利潤の追求の仕方などが、地球環境の中で限界に達していたのではないかと私たちは分析しました。
よく言われる持続可能性のある社会づくりを、今回のパンデミックが否応なく喫緊の課題として突きつけてきたのではないかと思います。

この事態に対して、責任ある企業は的確な分析と斬新な事業計画を迅速に練り、実行していくことが必要だと考えます。

また、それができる企業だけが存在を許され、多くの顧客とステークホルダーの皆様に価値を提供し、社会に貢献していけるものと考えます。

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私たち「Commerce Bank」株式会社テンポアップは、全役員・全社員は勿論、全国各地で活躍する営業スタッフ「エージェント」、在宅・副業で仕事を行う「アソシエーター」、全社一丸となって「Innovation(革新)」をおこなって行くことを誓いました。

今回のパンデミックによって、いち早くダメージを被ったのは、観光業と飲食業であったことは明白な事実です。
全国各地の大小様々なお店が操業を自粛し、その間の売上が激減したなか、資金力の乏しいお店や、後継者問題で引退を考えていた高齢の方が経営するお店の多くは、撤退や廃業を余儀なくされています。

同時に、新規出店のための店舗物件を探す動きもピタリと止まり、結果として多くの空物件が発生したことがわかっています。

さらに、この動きにやや遅れて、多くの企業が勤務方法を「テレワーク」に切り替えたことで、今までのオフィススペースは不要ではないかと、ダウンサイジングしていく動きも見られます。

結果として大量に発生する恐れがあるのは、優良な立地にありながら入居事業者の決まらない空き物件です。

このような物件オーナー様が危機的状況になることは、我が国の経済にも多大なる悪影響を及ぼすことは容易に想像できます。

そこで、新しい不動産流通の在り方として「ココデ works」と「ココデ MY SHOP」の二つの事業が大きな軸となると考えています。

独立型コワーキングスペースの「ココデ works」は、都心に通勤する一都三県のオフィスワーカーに、自宅の近くで集中してテレワークを行える場所の提供をさせていただきます。

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会員登録さえ済ませれば、スマートロックで入退室でき、モバイルPCの小さい画面でも作業を容易にする、大画面モニターを全席に完備しています。
また、光触媒加工をした人工観葉植物を置くことにより、細菌やウィルス、空気中の有害有機物質を分解し、より良い環境を作り出すこともできました。

小さなお店の集合体である「ココデ MY SHOP」は、繁華街の裏通りに立地し、個人・法人を問わず、小規模の店舗やアンテナショップ的なお店が複数集まったショップコミュニティを形成し運営します。

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その立地や周辺の顧客の属性によって、そのお店のコンセプトを決定するため、それぞれ違うイメージの個性あるお店ができることと考えています。

当社がこれから進めようとする事業は、新しい時代に必要とされるスペースを考え、まずは物件オーナー様をサポートすることから始め、「店創りは 街創り 街創りは 人創り 人創りは 国創り」の基本理念に繋がるのではないかと自負しています。


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