FC2ブログ

プロフィール

最新記事

カテゴリ

最新コメント

月別アーカイブ

検索フォーム

RSSリンクの表示

リンク

QRコード

「駐在員」制度の新設とパンフ「選べる!ワークスタイル」

弊社では、2月中旬から応募を開始する「駐在員」制度を3月から順次配置していく予定にしている。現在、当社の拠点(支社)がない地方の街・地域にも、地元に密着した人材を発掘して活動していくようになる。
地方の不動産情報を活かすことで、地域貢献と街の活性化を大いに図ってまいりたいと念願している。

駐在員制度
▲駐在員制度資料

まずは、大阪周辺地域、名古屋周辺地域、福岡周辺地域の地方都市を指定して、応募を募っていくようにする。

今まで、商業用不動産の活性化が本格的に行われなかったことから、後れを指摘されることもしばしばあったような気がする。
この「駐在員」制度は地域の活性化に大いに役立つ要素を内在している。

「駐在員」というと、離島やへき地における警察官の駐在さんや新聞社の駐在員が地域発のタイムリーな話題を提供したりすることに通じることではあるが、少子化や過疎化が言われている地域にとっては、街の活性化、灯をともすことは、社会に大きなインパクトを加えることにつながっていくことであろう。大いに期待するところである。

新設の「駐在員」制度も加え、3通りの働き方を提示しているパンフ「選べる!ワークスタイル」が出来上がり、2月中旬から応募者への配布を中心に実施していく。

選べるワークスタイル表面
▲選べる!ワークスタイルパンフレット

働き方の選択、報酬が明示されていることから、自身の生活に、人生に併せた選び方ができることになる。

=今は「自衛」(自営)する時代=自身の生活や人生を自分で守っていく、自身で想像していく時代、と言われる。まさに、最適で、しかも自分を守ることに通じるワークスタイルを選択することになる。

これからの時代は、人材が大いに自身を啓発し多様な働き方を求めていくことであろう。そのニーズに適した働き方を提示していく当社は、常に「挑戦と応戦」(トインビー)として世に問うてきていることである。


関連記事

COCODE立川高島屋S.C.店 オープン日決定しました!!

お待たせいたしました!!

COCODE立川高島屋S.C.店のオープン日が正式に決定いたしました👏

2021年3月1日(月)11時より営業を開始いたします。


なお翌3月2日以降の営業時間は7:00~23:00です。
お間違えの無いようお願いいたします。

新しくパンフレットもできました✨

↓↓↓

cocodeパンフ表面


cocodeパンフ中面


これからとても忙しくなりますが、皆様に喜んでいただけるよう、頑張ります✊


関連記事

ずっとほしかったもの

私の家族は大のうどん好き。特に娘は朝からうどんを茹でて食べるほどで讃岐の方々にも負けないうどん族です。
月に一度の家族の外食は、たいてい「湘南モールフィル」(神奈川県藤沢市)になります。
なぜかと言うと、フードコートに「丸亀」さんと「はなまる」さん両方が入っているからです。
しかし、「丸亀」さん「はなまる」さんも美味しくて大好きなのですが、フードコートで大勢の人と食べるうどんではなく、我が家ではずっとゆっくりできるうどんの専門店がほしかったのです。
ならば仕事を活かしてうどん屋さんを作るしかない。でもそう簡単にうどん屋さんを開業する人が私の前に現れるわけでもありません。
しかし、ついにその時が来たのです。


202101250012.jpg

昨年から始まったうどん屋さん開業の案件は紆余曲折を経て、ようやく賃貸借契約に至り、2021年1月8日オープンの日を迎えました。
折しもコロナの緊急事態宣言、再発令その日。今後のお店の楽しい物語を予感させます。



202101250034.jpg

外のテラス席での会食は季節によっては至福のひと時となるでしょう。テラス席はコロナの中、収益を支えるテーブルにもなりそうです。
気のいい津山ご夫妻、ご主人は熟練のうどん職人さん、そして、お店の雰囲気を優しさ一色に包み込む優しい美人の奥様です。



202101250056.jpg

お薦めは、「肉汁うどん」850円と、「はっぱりうどん」1,000円。
肉汁うどんは濃厚な肉汁のツユに浸けて頂く絶品の一品です。
ひっぱりうどんは山形名物に由来するようで、半熟卵とトロロまたは納豆のツユに浸けて頂き、ネバネバが病みつきになります。
また、燻りがっこ(たくあんの間にクリームチーズを挟んだもの)は酒の肴に最高です。



202101250078.jpg

こちらはメニュー外、急きょ、お身内から届けられた太刀魚を特別にその場でさばいて頂き、ご馳走になりました!



2021012500910.jpg

海の町に住み、子供たちに海が見える学校へ通わせ、海と空と太陽、心地よい潮風を感じながら自然の中で生活するのはいいものです。
毎朝、江の島を見ながら走り、休日には海のスポーツやレジャーを楽しみ、日々のストレスも海によってどこかへ行ってしまうというものです。

そして、うどん好き家族がほしかったうどん屋さん。
食の楽しみも満たされた感じです。


by 本社営業部 竹野


20210125011.jpg








関連記事

「住民のため」「商店街のため」を原点に営業活動を

  • Post on 2021.01.25 09:22
  • Categry : 横浜本社
  • Trackback(0)
  • Comment(0)
人口減少時代、少子高齢化、デフレ化で商品が「売れない時代」といわれて久しい。
しかしながら人が生きていくためには必要なものがある。
一緒にご飯を食べる場所、日常的に必要なタオルや下着、スリッパ等、必要なものは売れている。
食品も皆から人気のあるカレーやお菓子といったベーシックな商品が一箇所でそろう場所があれば便利。
それも車で出掛けて大型店で購入するよりも街中、商店街の一角にあれば人は利用する。
昔の「よろずや」である。

いまや「近い」「安い」「疲れない」買い物の時代に入っている。
その上、各商店街でも、地元でとれた新鮮野菜、鮮度の高い魚が販売されれば人は集まる。
地元の人のため、住民のための商店街の原点に立てば、その街に何がかけていて、何が必要かがみえてくる。
また、そこに新たなコミュニケーションが生まれる。
住民との雑談の中から必要なトレンドを得ることもできる。

今、再び商店街を活性化させるチャンス。
「住民のため」「商店街のため」を原点とした営業を進めていけば、その延長戦上の「売上げ」につながっていく。
コロナに負けず恐れず、知恵を働かせ挑戦していこう。
関連記事

凛と咲く寒椿に「希望」と「勇気」が沸く

  • Post on 2021.01.18 14:13
  • Categry : 横浜本社
  • Trackback(0)
  • Comment(0)
我が家から県道に出るまで50mの農道がある。
その農道に、寒椿が凛として咲いている。
冬の寒さの中、真っ赤な寒椿は周囲から眼をひき付け、通りすがりに元気をもたらしてくれる。

寒椿は厳しい寒さに耐え、春の訪れを誘う。
寒椿から梅に、そして菜の花、桜へと季節の変化をいざなう。

いまコロナが蔓延し、各地域に「緊急事態宣言」が出されている。
いまこの時に何ができるか。
商談も、社会の流れは、面談方式からオンライン方式に変わろうとしている。

寒椿から桜花爛漫へのいざないが始まるように、テンポアップの営業活動も、いま何をするかが大事。
この間にチラシを撒くことを基本に、オンラインでオーナーとの商談が何件できたのか、ズームでの打ち合わせは何件できたのか、この成果をあげることが次の「稼ぐ時代」の要因となる。  

今年は「モォー 大変な年から モォーかる年」にしよう。
強気の心こそ 稼ぐ時代に。

1_20210118140545dfa.jpg2_20210118140547faa.jpg3_20210118140542f6e.jpg4_20210118140544f04.jpg
   寒椿          梅          菜の花         桜

Read more >

関連記事

工事が始まりました🔨

2回目の緊急事態宣言が出ましたね・・・

昨年の1回目と比べて、皆様はどのように感じたでしょうか。
私は個人的に、やや緩いのでは・・・と思っております。

とは言え、緊急事態宣言をうけ、大きく影響をうける百貨店に入る私たちとしては
高島屋様の対応を固唾を飲んで見守る状態でした。

しかし現段階では現状のままで進められるということでしたのでホッとしております。

工事は基本夜間です🌟
フロアには他のテナント様もありますし、搬入出や音、薬品の臭いなどでお客様に不快な思いを
させるのはタブーですよね。

逆を返せば昼間は誰もいない、工事をしていないということで、写真撮影が可能なのです(^^)v

ということで、今後は工事の進捗状況をこまめにアップしていきますよ~


出入口からまず飛び込んできた内部の様子です👀
↓↓↓
IMG_3244.jpg

広いですね~


貴重?な天井裏の様子です。
↓↓↓
IMG_3246.jpg

電気配線だけでなく、色々な設備の配線が天井裏にはあるのですね。


入口と逆方向からの様子です。
↓↓↓
IMG_3254.jpg

床が黒っぽく見えるあたりはシェアオフィスなどになります。
手前のグレーとの色の違いは、以前接着剤を使用していた部分です。


このあたりが立川支社のスペースになります。
↓↓↓
IMG_3256.jpg

どんなふうに出来上がるのか、今から楽しみです🎵



関連記事

謹んで新年のご挨拶を申し上げます

本年も倍旧の程、何卒よろしくお願い申し上げます。

2021年の丑年となりました。

私共では本年、「原点回帰」を掲げて一つ一つの事に丁寧に対応する事を目標といたしました。

お客様の難題に共に考え行動し、安心と安全を確立し、共に前進させていただければと存じます。

是非とも、本年一年、思いのままをご提案いただければと思う次第でございます。

明日への成功は、事前の準備を整えることが全てと考えます。

皆様とともに、また、皆様のお役に立つべく誠心誠意努めてまいりますので、何卒よろしくお願い申し上げる次第でございます。

令和3年1月4日
エグゼクティブスーパーバイザー
森 幹雄


関連記事

逆境こそ人を育てる 「令和の渋沢」を目指せ

  • Post on 2021.01.12 09:31
  • Categry : 横浜本社
  • Trackback(0)
  • Comment(0)
育てた企業は500、約6000の社会公共事業に関わった渋沢栄一の大河ドラマ「青天を衝く」の放映が始まる。
そんな渋沢は農村に生まれ、無名の人にすぎなかった。
渋沢の生涯は常に逆境に陥りながらも歩みを止めない。
青年時代の渋沢は尊皇攘夷思想に傾倒し、倒幕を企てたが頓挫し、一橋家に仕える。
徳川慶喜が将軍となると幕臣に。
その後、明治政府で近代化改革に尽力し、33歳で民間経済界に転進、「日本資本主義の父」と呼ばれれる実業家に大成した。

渋沢の人生は決して平坦な道ではない。
今までの生活で当たり前だったものが崩れようとしている時代に生きた渋沢は、
「なにがあってもめげない」「なにがあっても諦めない」、七転八倒しながら自分の力で、知恵と行動力で、新しい時代を切り開いていった。

令和の時代もコロナとの戦いの中で先行きがみえない。
今までの生活から新しい生活様式に変化を迫られている。
逆境を生き抜いた渋沢との人生とも重なっていく。
「なにがあってもめげない」
「なにがあっても諦めない」

と、絶えず挑戦しぬいていくところに大実業家への道に入っていけることを示唆している。

本年も混迷する時代の中で、コロナに負けず「青天を衝く」勢いで、知恵を巡らせ、大胆に行動していくところにビッグチャンスの道が開ける。
エージェントの皆様の中から「令和の渋沢」が誕生することを願いながら、大ピンチは人生を変える分岐点として、かつてない営業成績に挑戦していこう。

1_2021011209293243e.jpg 2_202101120929317f0.jpg
関連記事

自ら生まれ変わり、強気で「幸せを稼ぐ年」に

  • Post on 2021.01.04 15:22
  • Categry : 横浜本社
  • Trackback(0)
  • Comment(0)
アメリカを代表するタイム誌では「昨年は最悪の年」と報じられた。
日本のマスコミでも新型コロナウイルスが世界中に広がり「暗雲が覆った年」とも。

2021年こそ、マスコミも、経済界のリーダーも、「再起動の年」、「ゆるやかに回復」等、コロナと戦い、ワクチンの普及を見据えながら「希望溢れる年に」と期待感を寄せている。

沖縄では琉球王国時代から毎年、冬至の日を「太陽が生まれ変わる日」として、太陽を崇め、光や温かさに感謝し、新たな太陽の誕生とあわせて、自らも生まれ変わり、新しい自分に変わる日としている。
私達の新年を迎える日常でも、元旦に御来光を仰いだり、初日の出拝む風習も、ここからきている。

人は、仕事も、人生も、生きるか死ぬかという瀬戸際に、何を語り、何を変えようとするのか、そこに新しい時代の「光」があり、「希望」が広がる。

当社も、丑年の新年から、「自ら生まれ変わる」「強気の行動」「デジタル化の営業」に転じていく。
本年の春ごろから法改正も含めてデジタル化の時代に。
不動産業も対面方式からオンライン化の方向に転換され、新しい営業活動に挑戦していく年となろう。

事始めに新年早々、「5000人サポーター獲得キャンペーン」 が開始される。
「同じ考えの味方を増やし」「人の協力を得る」「人から情報をもらう」、本年こそエージェントの皆様の周りには「人の石垣 人の城」をもって「幸せを稼ぐ年」にしていきたい。

1_20210104151930293.jpg 2_20210104151931214.jpg
関連記事

「希望」と「努力」が道を拓く

コロナ禍で明け暮れた2020年――。

新年あけましておめでとうございます。
本年もよろしくおねがいいたします。


2021年が明け、関東地方は穏やかな晴天が続いた正月であった。
今年は、どんな年になるのだろうか。
コロナで覆われた昨年と同様であろうか。
世界ではワクチンの接種が開始され始め、日本においても2月末から始まると予想されている。
ワクチンによりコロナ感染症の拡大は収まるのであろうか。期待されるところである。

こうした状況の中、新聞の新年号では、日本の今年の社会を展望する経済界の代表の方々の話が掲載されていた。
全体的には、コロナ感染抑制と経済の回復の両立を強調された意見が多数であった。
確かに幅広い見方をすればそうであると思う。
しかし、これは政府としての大きな働きを言っていることであろう。

一人一人、いや、自身の捉え方としては、どんな困難な状況の中にあっても「希望」をもち、揺るがぬ確信と前向きな姿勢が大事であり、その志のもと「努力」が道を拓くことになると思う。
2021年は、自分にとって、どう工夫をし、どう努力するか。
自己の変革から始める時、新しい展望と新しい道が開けてくるのであろう。
それぞれが抱える環境と困難さは違うものであるが、「まず自分から」が、どんな事柄においても大事なことに違いない。

この1年、スタートしたばかりである。
2021年――どんな年にしていくかは、自分が決めていくことに尽きると思う。
関連記事

創業・テンポアップの歴史

激動の2020年も幕を閉じ、振り返ると、12年前に起業した年も、今年と同じ子年でした。干支で言えば、ちょうど一回りし、今年は、新たなスタートラインに立つ年であろうと思います。
この間、新しいエージェントが多数誕生し、専業・兼業・在宅と働き方も多岐に渡りへ変化しております。
急速に変化する時代に対応し、この機会に改めてテンポアップの原点を確認し、理念・歴史について書き綴りたいと思います。


―私のエージェントへの挑戦―


会社立ち上げ前の2年、私は某企業の不動産部門に「エージェント・システム」を提案し、第1号のエージェントになりました。
当時は、戸建ての売買・賃貸を中心に商売を行っている不動産屋が大半で店舗に特化して営業しているところは、ほとんどありませんでした。
繁華街や商店街、オフィスがひしめく街で、店舗仲介を専門とする仲介事業は、必ず成功する、と確信しました。
私は、宅建士の資格もなく、不動産取引の経験も皆無、専門用語もわからない中で、店舗仲介事業に携わることとなりました。
成約する度に一つ一つ不動産用語を学んでいきました。
そんな私を見て、多くの方々が「加藤さん! 失敗するよ」と心配してくれたことを記憶しています。

取引に欠くことのできない在庫商品ともいうべき「元付(家主)」を獲得するために「チラシ」を手作りしました。
「店舗貸したい人、店舗借りたい人、店舗売りたい人、店舗買いたい人、連絡ください」といった簡単な文言で、電話番号・名前入りのチラシを作りました。
2年間で、40万枚くらいは撒いたと思います。会社に電話が入ると、携帯電話のない時代でしたから、当時の主流であったポケットベルで呼び出してもらい、お客様と商談する、といった具合でした。

そんな日常の中で、一番苦労したのが、契約書の作成でした。
当時は、店舗仲介の書類が整っていなかったこともあり、一般的に使用されていた戸建て家屋の帳票類を活用していました。
例えば造作譲渡と言う書面ではなく「権利譲渡契約」と言うものを使用していたものを「造作備品譲渡契約」に書き換えたと記憶しています。
一事が万事で、未開の荒野を開拓する気概で取り組んでいきました。

また、チラシ撒きの最中、警察官に不審者扱いされ、事情を話すと、「気を付けて撒いてください」と励まされたことも、横浜から山梨に程近い津久井湖までチラシ撒きに行ったことも、今では懐かしい思い出になっています。

私が、手作りのチラシを撒いて情報収集した当時と違い、今では、テンポアップには、PC、チラシ、システム等、営業環境が整っています。
また、テンポアップという知名度も世の中に浸透してきました。
私が、エージェントの皆さんに語りかけたいことは、現在の環境に甘えず、開拓精神を持ち、意欲を持ち大いに稼いでほしい、否、稼げるはず、と言うことなのです。

今回のコロナウイルス感染症拡大に伴い4月に発出された緊急事態宣言により、経済的な大打撃を受けた商店街や繁華街の店舗が目の前にあります。
コロナ感染をきっかけとし断腸の思いで撤退され、空室となった店舗を放置はできないのです。
誰かが、テナントを入れ街の明かりを再点灯させなければならない役割があるのです。
そう考えると、店舗仲介は、時代の変化とともに並走しながら社会貢献できる大変にやり甲斐のある仕事と思います。

私は、1993年、店舗仲介を専門に行う日本ソフト店舗と言う会社を立ち上げました。この会社で「エージェント制度」を導入し、15年間経営してきました。
日本ソフトテ店舗は、私が、体調を崩し、第一線を退きました。
その後、体調が回復した半年後、私が66歳の2008年10月に株式会社テンポアップを創業しました。
テンポアップでは、スタートから私のエージェント時代に構築したノウハウをモデルに事業の基盤を築き、今日に至っております。
66歳からのチャレンジは、年齢に関係なく、体の自由が続く限り働き続けることが可能というメッセージを多くのエージェントの皆さんに届けられれば、望外の喜びとするところであります。


関連記事

新年あけましておめでとうございます

新年明けましておめでとうございます。

皆様には、健やかに新春を迎えられたことと、お慶び申し上げます。

また、旧年中はひとかたならぬご厚情をいただきまして誠にありがとうございます。

2021年も、全員一丸となり、みなさまのご期待にそえるよう尽力して参りますので、

何卒よろしくお願い申し上げます。


株式会社テンポアップ 本社営業部 一同



20210104本社営業部



関連記事

△ Move to top of this page